実姉のこと四人兄弟の二番目で長女に生まれた姉は、本当に「絵に描いたような長女」しっかり者で子供の頃からよく家の手伝いもしてたし、私は親や兄に怒られるよりこの姉に怒られることが何より怖かった。 気が強くまた意志も強く、妥協を許さない人でもあり、神経質なくらい物事をきっちりと行う人で、一番いい例が洗濯物、私がたたむと重ねたタオルがユラユラしたビルのようなのだが、姉が畳むと、四隅も畳んで重ねられた方向も同じ。それでいて早い。 学校の勉強も頑張ってた。一度、姉が高校の時、泣いてた。どうしたのって聞いたら、日本史の試験で「98点」だった、一門間違えたことが悲しいって泣いてました。私なんかバンザイ三唱しちゃうような点数、彼女には許せなかったのね。 私は、子供の頃から、働かないんだ、ってよく言ってたらしいんです。 でも、姉は、働かないと生活が成り立たない、って小さい頃から言ってたらしい。きっと、母方の祖母の影響かな。 そんな姉は、大学卒業後、大手商社に入社。 父が公務員だったから親は公務員を目指せって言ったけど、自分の力で自分の道を開拓しやすい民間企業がいい、と言って、兄もそうだったけど、姉も、民間企業へと就職。 バリバリのキャリアウーマンだったらしい。らしい、と、いうのは、姉は一言も一度も仕事のことを話してくれたことは無かったけど、後々姉が倒れた時、姉の同僚や会社の上司、姉の部下の人たちが訪ねてきて、姉のことを色々語ってくれました。 部下の面倒見が良くて、話をきちんと聞いてくれる上司、会社の上層部にもきちんと意見を通してくれる、女性だからという気負いなく男性同様に仕事をこなす、その上で、仕事にミスの無い人、時間に厳しい人、プロジェクトが成功した時は自分ひとりの手柄にせず、チーム全体の手柄とし、その後の人事異動にも配慮してくれるよう人事課に働きかけてくれた人、厳しいが優しさがあって、確実に仕事をこなす人。 非の打ち所のない姉、それが姉の会社での姿だったのかと思いました。姉は家でもそうだった。いつも、いつも、姉は周囲に目を配り気遣い、疲れてたのだろうな、そう思ったのは、姉が39歳の春、倒れた後で会社の人たちからそういう話を聞かされた後でした。 あの日は、娘がいつも以上にぐずってお風呂にも入らない、寝ない、グズグズ言う4月の末の少し肌寒い夜でした。22時近くになって実家の母から電話が入り、母の悲壮な声で 「ネェちゃんが動かないの、仕事から帰るなり玄関で倒れて動かないの」 すぐ救急車呼ぶように母に言って、愚図る娘を車に乗せて夜の病院へと駆けつけたとき、真っ青な顔の母とオロオロする父、姉は救急処置室のベッドの上で、酸素マスクやら点滴やらつけられて、お医者さんと看護師さんの専門的な会話が飛び交ってました。 お医者様の話を聞けたのは、1時間後。検査して、専門のドクターの診断を仰がないとなんとも言えないですね。 なんとも頼りない話、姉は助かるのかどうかを知りたいと尋ねると、 異常な程の疲労感、頭痛、睡眠障害、関節痛、筋肉痛、倦怠感を訴えてらっしゃいます。あと微熱、リンパ節の腫れが、ありますね、血圧が異常に低い。少し診断に時間を要しますが、今すぐ生命の危険がどうこうということは無いですね。 それで少しだけ安心して、帰宅。 しかし、病名が告げられたのは、それから約3週間後 「慢性疲労症候群」 年中疲れてるってか? 原因もよくわからない、治療法もよく判らない、姉の症状がある病気を一つずつ排除していって、その上で下される病名だから時間かかったらしいけど、ゆっくり休養すること、自然に回復するのを待つこと、など幾つかの方法をお医者様から言われて、姉は、会社を退職することにしました。 休職も進められたようですが、そこがあの人のきっちりしたところなのかも。いつ復帰できるかも知れない自分を退職ということでケジメ付けたかったのかもしれないなと思いました。 姉は、学校卒業後、仕事一筋とばかり思ってました。学生時代は、彼氏もいたみたいだけど・・・な?就職したら終わったか?って思ってたら、色々あってた。 姉が大学のとき、就職が決まった時点で、彼氏の親が、わが実家へ来たらしい。そして、相手の親が言ったことは、是非この縁談、まとめたいのだが、結婚したら実家への里帰りを頻繁にされては困る、また、外に働きに出るなど困る。女は家にいて、家事をこなし、家計を管理し、子供を生み、子供を立派に育て上げ、婚家の親の世話をし、と、一気に言い放ったらしい。その時ばかりは、能天気父ちゃんが怒ったらしいし、おっとり母ちゃんもぶちきれたらしい。ただ、姉が一人、落ち着き払って、 「一方的に色々申されてますが、私は、一度も結婚の約束など行っておりません。そちらの結婚に関する持論を当家に持ち込まれ述べられるのは勝手ですが、甚だ迷惑です。お宅のご子息とは確かに交際しておりましたが、交際と結婚が別物だということも気づかぬような幼稚な神経の持ち主とは存じませんでした。そのような方とは今後一切のお付き合いを差し控えさせていただきとうございます。ご子息にもその旨、しっかりお伝えください」って、言うなり、さっさと自分の部屋に引っ込んでしまったらしい。 親でも、そんな娘の姿、初めて見たって後々まで語り草です。 しかし、この元カレ、いまだ、姉のところへ時々来てる、姉もいいお友達で付き合ってるみたい。でも姉が入院したときは、毎日、通って来てた。姉に言わせりゃ、さっさと相手の女、見つけて結婚すればいいんだよって。 姉は料理も得意、姉が勤めた頃は、姉が転勤して実家を離れると食事のメニューも減るし、手の込んだ料理は月に1度程度しか出なくなる。しかし、姉が転勤して戻ってきて、実家から通いだすと、夜中に下ごしらえしておいてくれるので、じっくり煮込んだ料理やら、美味しいものが並ぶ。 退職後、姉は母の病気や高齢の父のことも考慮したヘルシー料理を毎日作っていたが、元来、塩辛いものが好きな両親は時々、姉の留守中に、漬物でご飯、とかやってくれる、しかし、それは、そのまま母の検査結果に出るのである。それは、母の事で。 姉は現在、自宅療養中ではあるが、従兄弟達やら友人から年賀状の印刷やカレンダーの作成を頼まれて、またこれがね、あの人の性格で、きっちりとやるんだな。無理せんといてよ、って言うけど、本人曰く 「貧乏性かな?忙しいぐらいがちょうどいい(笑)」 でも、姉は私にとって自慢の姉であることに代わりは無い。 ジャンル別一覧
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